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横浜地方裁判所 昭和34年(ワ)599号 判決

事実

原告渡辺光好及び同岡本周三は請求原因として、訴外岩山明正は、被告岩山輝吉及び同岩山テルの代理人として、昭和三十三年十月十七日訴外金港塗料商工業協同組合(以下金港塗料と略称する)に対し、被告等が連帯して金四百万円を支払うことを約した。ところで、被告等は右岩山明正が右契約を締結するについて同人に代理権を与えていたものであるが、仮りに代理権を与えていなかつたとしても、(イ)右明正は、被告輝吉の子として、また被告テルの夫として、同人等と同一家庭に生活していた。(ロ)被告岩山テルは、訴外明治塗料有限会社(以下明治塗料と略称する)の代表取締役であつたが、業務一切を明正に任せ、明正が同被告に代り右明治塗料の事業の一切を行つていたものであるところ、元々訴外金港塗料は企業組合であり、訴外明治塗料はこれに加入して、これと取引関係があつたもので、結局訴外金港塗料との間において右明正の行為は被告テルの行為と同一視し得るものであつた、(ハ)また被告輝吉は老令のため、家政並びに営業の一切を右明正に委せており、明正の働きにより生活していたものであつて右明正が被告輝吉の代理人として振舞うことに誰一人疑を持たなかつた。(ニ)右明正は金港塗料の監事をしていた。以上(イ)から(ニ)までを要するに、訴外明正は被告等より少なくとも右に挙げた範囲においては代理権を与えられていたものであり、且つその範囲を超えて本件の債務負担行為をなすことについては、相手方である金港塗料としては、右明正が被告等を代理する権限を有するものと信ずるについての正当の理由があつたものである。従つて被告等は明正のなした契約につきその責に任ずべく、結局被告等は金港塗料に対して金四百万円の債務を負担しているというべきである。ところで原告等は金港塗料に対し確定判決(約束手形金請求事件)によつて認められた債権(原告渡辺は金二十万五千円、原告岡本は金五十四万四百二十一円)を有し、その強制執行のため右金港塗料が被告等に対して有する前記四百万円の債権の差押命令を得、右命令は昭和三十四年五月十一日被告等に対し送達されたところ、原告等は更に同年七月右金員の取立命令を得たので、ここに被告等に対し、右金四百万円のうち原告等が、訴外金港塗料に対して有する債権の限度において、原告渡辺に対しては金二十万五千円、原告岡本に対しては金五十四万四百二十一円の連帯支払を求める、と主張した。

被告等は、原告主張事実中、岩山明正に代理権を与えたとの点を否認し、被告岩山輝吉は同被告が訴外岩山明正に対し家政の処理に関する行為の代理権を与えたことは認める、と述べた。

理由

訴外金港塗料の被告等に対する金四百万円の債権の存否について判断するのに、証拠によれば、元々訴外明治塗料は、昭和三十三年十月十七日当時、訴外金港塗料に対し塗料代金として金百三十万円、借入金として約二百八十万円程度の債務を負担していたが、その債務の支払を担保するため、右同日訴外岩山明正が被告等の代理人として、右金員のうち金四百万円について被告等も連帯してその支払をする旨の意思表示をなしたことが認められる。しかし右証拠並びに被告岩山テルの本人尋問の結果を綜合しても、右債務負担行為について、訴外岩山明正が被告等より代理権を与えられていたとの事実を認めることはできず、他にこれを認むべき証拠も存しない。従つて、右債務負担行為は、訴外岩山明正のなした無権代理行為とならざるを得ない。

よつて次に原告主張の表見代理の成否について判断する。訴外岩山明正が被告輝吉の子であることは同被告の明らかに争わないところであり、同被告より家事の処理についての代理権を与えられていた事実は、当該当事者間に争いがない。また右明正は被告テルの夫であり、同一家庭に生活していたものであることは、同被告の明らかに争わないところであるから、訴外岩山明正は日常家事の限度において、被告岩山テルを代理し得る権限を有していたものと認めることができる。しかして、他の証拠によれば、訴外金港塗料は企業組合であつて、訴外明治塗料はその組合員であつたところ、前記のとおり明治塗料は金港塗料に対し合計金四百万円以上の債務を負担するに至り、その支払も困難な状況であつたので、訴外金港塗料は訴外明治塗料の業務一切を担当していた岩山明正と交渉の結果、右の明治塗料の債務の支払を確保するため、その代表者であり明正の妻である被告テルと明正の父である被告輝吉の各個人所有である土地建物に夫々抵当権を設定させると共に、被告等が個人として右の債務のうち金四百万円を連帯して支払うことを約させることとし、前示認定のように明正を被告等の代理人としてその旨の契約を結ぶに至つたこと、そしてその際明正は被告等の印鑑並びに印鑑証明書を使用して必要書類を作成したものであつて、これらの関係から右金港塗料の事務員として、右交渉の相手をなした富崎史朗はたやすく右本件債務負担行為について、右明正に代理権ありと信じたことを推認することができる。しかしながら、右のような債務負担行為は日常の家事でないことは勿論、いわゆる家事とは到底認め難く、このように明正の有した基本の代理権の内容とは遠く隔つた種類の行為をなすに当つては、相手方たる右金港塗料が明正に代理権ありと信ずべき正当事由が存するというためには、さらに進んだ具体的事情がなければならないというべきである。然るに、本件全証拠を綜合しても、右のような事情を認めることはできない。もつとも、前示認定のとおり、右明正は被告テルがその代表者である明治塗料の業務一切を行つていたものであつて、会社の業務については被告テルと同一視しうるような立場にあつたと認めることができるけれども、それは、明治塗料の代表者たる被告テルを代理して、明治塗料の業務を行つていたまでのことであつて、これをもつて被告テル個人について一切の代理があつたと信ずるについての正当理由とすることはできない。

以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないので棄却する。

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